30年前の洋楽ヒット・パレード


by musicsF

AORという言葉はまだ一般的でなかった

ハード・タイムス
ボズ・スキャッグス

 77年に発表した代表作の「シルク・ディグリーズ」によってAOR=アダルト・オリエンテッド・ロックの親玉のように日本では認識されているボズ・スキャッグス。
 
 当時はまだAORという言葉は日本では一般的でなく、シティ・ミュージックとかソフト・アンド・メロウといった言い回しが音楽雑誌やラジオでは見聞されていた。

 アメリカの音楽業界紙のチャートでもアダルト・コンテンポラリー・チャートという名前が使われ始めたのは79年の春からで、「シルク・ディグリーズ」やそれに続く「ダウン・トゥ・ゼン・レフト」といったボズ・スキャッグスのアルバムがヒットしていた頃はイージー・リスニング・チャートと呼称されていた。

 ともあれAORというジャンルだが、日本人とアメリカ人の感覚にはかなりの温度差がある。
 ボズ・スキャッグスにしてもアダルト・コンテンポラリー・チャートにおけるヒットというのは10曲にも満たず、トップ10入りしたのも2曲だけで、常連とは言い難いのだが。

 日本ではアルバム「シルク・ディグリーズ」からは「ロウダウン」は不発で、彼の定番曲としてタイムレスな人気を誇る「ウィ・アー・オール・アローン」もシングル・カットされていないこともあり、シングル・ヒットは生まれていない。

 それでもこの作品で日本でも人気を確立していたことが裏付けられたかのように続く「ダウン・トゥ・ゼン・レフト」からはアメリカではトップ40入りもできなかった「ハード・タイムス」と「ハリウッド」がそこそこのヒットを記録した。

 30年前の2月19日付けのポピュラー・ヒット・パレードのアルバム・チャートではオリヴィア・ニュートンジョンの「私小説」に代わって「ダウン・トゥ・ゼン・レアト」がトップに立った。
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by musicsF | 2008-02-19 16:35 | 洋楽